憎きもの「枕草子」

著者:donghai    日付:2018.11.15

癪に障るもの。
 
急用がある時にやってきて、長話をする客。
軽く扱っていい人なら、「後で」とでも言って帰してしまうこともできるだろうが、こちらが気後れするほど立派な人の時は、そうもいかないので本当に憎らしく、めんどうだ。
 
硯に髪の毛が入って磨られているもの。また、墨の中に、石が入ってきしきしときしんで鳴っているもの。
 
急病人がいる時に修験者を探し求めるが、いつもいる所にはいないので、別の所を探し回っている。
その間、待ち遠しい長い時間が経っていたところ、ようやくやって来たので、ほっとしながら加持祈祷をさせると、最近、この修験者は物の怪の調伏にたずさわって疲れきってしまったせいなのだろうか、座るとすぐに眠そうな声を出しているのは、ひどく不快だ。
 
これといって何も無い人が、にこにこしてむやみに喋っていること。火桶の火や角火鉢などに、手のひらを何度も裏返し、大きく伸ばすなどして、あぶって座っている者。
いつ若々しい人などがそんなはしたないことをしただろうか。年寄りめいている人こそ、きまって火鉢のふちに足さえも持ち上げて、喋りながら擦り合わせることをするようだ。
そんな者は、人の所にやって来ても、座ろうとする所を、まず扇であちらこちら扇ぎ散らして塵を掃き捨てて、居ずまいもきちんとしないであちこち動き回って、狩衣の前を、膝の下へと巻き入れて座るのだ。
このようなことは、話をする価値もないような身分の者がすることかと思うけれど、いくらか身分がある人で、式部の大夫などといった人が、したのだ。
 
また、酒を飲んでわめき、口中をまさぐり、髭のある人はそれを撫で、杯を他の人にやる時の様子は、本当に忌ま忌ましく思う。
「もっと飲め」ときっと言うのであろう。体を震わせて、頭を振って、そのうえ口の端までを引き垂らし、子ども達が「こう殿にまいりて」などを歌う時のような格好をする。
それをなんと、本当に高貴な方がなさったのを見たので、気に喰わないと思うのだ。
 
人のことを羨ましがり、自分の身の上を嘆き、他人のことをあれこれ言い、ほんの塵のように僅かなことも知りたがり聞きたがって、話して知らせないことに対しては怨んで悪口を言い、また、ほんの少し聞きかじったことを、自分が以前から知っていたことのように、他人にも調子に乗って話すのもたいそう不快だ。

何か聞こうと思っている時に泣く赤ん坊。
烏が集って飛び交い、ぎゃあぎゃあ鳴いているの。
 
こっそり来る恋人を見知っていて、吼える犬。
人に知られてはいけないと無理矢理隠している人が、いびきをかいている様子。
また、こっそりと忍んで来た所に、長烏帽子をつけてきて、そうはいっても人に見つからないようにと慌てて部屋に入る時に、烏帽子が物に突き当たって、がさっと音を立てたこと。
伊予の国産の簾などが掛けてあるのを、くぐる時にそれを頭にかぶって、さらさらと鳴らすのも、とても癪に障る。
帽額の簾は、特に、小さい端の部分が床に落ちると、その音がとてもはっきりと分かる。それを、静かに引き上げて入れば、全く音は鳴らないのだ。
遣戸を手荒く開けるのも、とても嫌だ。少し持ち上げるようにして開ければ、音など鳴らないのに。下手に開ければ、障子などでもことことと音を立ててしまい、男が来ていることが周りに知られてしまうのだ。
 
眠たいと思って横になっている時に、蚊が微かな声で心細いかのように鳴いて、顔の辺りに飛び回るの。羽風までも蚊の体相応にあるのこそ、ひどく忌ま忌ましい。